大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和45年(ネ)7号 判決

控訴人 中田要

被控訴人 横田安丸

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し金二〇〇万円およびその内金三〇万円に対する昭和三六年四月一七日から、別表〈省略〉記載の各金員に対する当該支払日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その九は控訴人の、その一は被控訴人の負担とする。

本判決は、被控訴人において金三〇万円の担保を供するときはその勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張と証拠関係は、被控訴代理人において当審証人信家光男の証言および当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、当裁判所において職権をもつて控訴人本人を尋問した外、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決三枚目表五および六行に(不当利得による原状回復義務の履行として)とあるのを削除する。)であるから、これを引用する。

理由

一、まず、昭和三六年四月一七日被控訴人が、控訴人から同人が払下を受ける予定のあつた広島県所有の広島市宇品西二丁目一、三四九番の一〇の宅地(六五坪、但し控訴人は二〇三・九三平方米という)を代金坪当り三万五、〇〇〇円で買い受ける旨を契約し、同日手付金として三〇万円を控訴人に支払つたことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第一ないし一四号証、同第一六号証、同乙第一号証、原審および当審における被控訴人本人並びに当審における控訴人本人各尋問の結果を綜合すれば、被控訴人は、控訴人に対し、昭和三六年四月二一日から昭和三七年七月一日までの間に別表記載のとおり一三回にわたり合計一五五万円を、前記売買代金の内金として支払つたことが認められる。なお、右分割支払金の一部を受領した旨の記載のある甲第九ないし一一号証には、それぞれその表題として「借用証」という記載があるが、前記各当事者本人尋問の結果と対比すると、右各記載からその受領金員(合計六〇万円)を控訴人が被控訴人から借用したものと認めるには足りないし、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そしてその後、控訴人は、広島県から前記土地を買い受けながら、被控訴人に譲渡せず、これをさらに訴外為広次郎外八名に売り渡し、同訴外人らが共有者として、その所有権移転登記を受けていることは、控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなす。

そうすると控訴人が、買戻その他の方法により前記訴外人らから本件土地の所有権を回復し、被控訴人にこれを移転することが可能である事実について立証のない本件においては、控訴人が被控訴人に対し、前記売買契約にもとづき負担する本件土地所有権移転の義務はその履行が不能となつたものというべきであり、被控訴人の右履行不能を理由とする本件売買契約解除の意思表示の記載された本件訴状が控訴人に昭和四四年三月七日送達されたことは記録上明らかであるから、同日をもつて右売買契約は解除されたものというべきである。

次に控訴人は、被控訴人が昭和四三年七月頃、前記手付金を放棄し、その余の前記交付金員については昭和四五年一月以降分割して支払うことを承諾した旨主張し、当審において控訴人本人は本件売買契約後、被控訴人が控訴人に対し前記手付金および支払代金のすべてを放棄した旨供述しているが、右供述部分は、当審証人信家光男の証言並びに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果と対比して措信できず、他に控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

従つて、控訴人は、被控訴人に対し、本件売買契約解除にもとづく原状回復のため、前記のように受領した手付金および売買代金の各内金と右手付金に対する前記受領日および別表記載の各内金に対する当該受領の時より完済まで各年五分の割合による利息金を付加して支払う義務がある。

二、次に被控訴人の弁護士費用の請求について判断する。

原審および当審における被控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、被控訴人は、前記土地を買受けるため控訴人に交付した合計一八五万円について本訴提起前訴外信家光男を通じて控訴人に対し三、四回返還を求めたが、控訴人がこれに応じなかつたため、弁護士角田俊次郎外一名に対して本訴の提起追行および控訴人の有する預金債権の仮差押手続を委任したことが認められる。

ところで現行法の下では訴訟について弁護士強制主義が採用されておらず、弁護士を依頼するかどうかは当事者の自由であるとの立前がとられており、また、弁護士費用は訴訟費用に含まれないのであるが、訴訟が高度に技術化専門化している現在においては、本人自ら訴訟追行をする場合、法律知識の不足、訴訟技術の拙さから不測の結果を招来しないとはいえないのであつて、相手方が任意履行に応じない場合に自己の権利保全のため訴訟を提起し、適切効率的な訴訟追行をするためには、特段の事情のない限り、専門家である弁護士を選任することが必要である。従つてその訴訟が不法行為による被害の回復を求めることを目的とするときは、これに要する弁護士費用は、その不法行為との間に相当因果関係の存する限度において、その不法行為に因る損害として、不法行為者に対し、これが賠償を求めうるものと解すべきであるが(最高裁昭和四四年二月二七日判決民集二三巻二号四四一頁参照)、この理を推し進めれば、債務不履行による被害の回復を求めることを目的とする本件のごとき訴訟における弁護士費用についても、同様に解すべきであるといわねばならない。殊に本件の場合控訴人は本訴提起前に任意履行を拒み、本訴提起後においても被控訴人の主張に対して抗争し、また、当審における被控訴人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によつて認められるように控訴人が本件債務の弁済に充てるべき充分な資産を有していないことも考慮すると、本訴の提起、追行および保全手続を委任するため弁護士を選任したことが不必要であつたということはできない。

以上に述べた観点からすれば、事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮して相当と認められる額の範囲内においては、本件弁護士費用は、控訴人の債務不履行と相当因果関係に立つ損害であるというべきである。

そこで本件について検討するに、原審における被控訴人本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第一五号証によれば、被控訴人は前記の各金員の返還を求めるため、弁護士角田俊次郎に対し本件訴訟の提起およびその追行等を委任し、広島弁護士会所定報酬等基準の範囲内の着手金一五万円を支払い、成功報酬として全部勝訴の場合一八万円を支払う旨の約定をしていることが認められ、右認定に反する証拠はないが、本件についての当事者双方の主張、争点、これについての証拠調の経過、本訴の請求額、認容額等の事情を考慮すると、被控訴人が支払つた右金員中一五万円が本件債務不履行と相当因果関係のある損害と解すべきである。

三、よつて、被控訴人の本訴請求は右の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、原判決中右と異なる部分は不当であるからこれを変更すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第九二条、第八九条を仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柚木淳 森川憲明 大石貢二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例